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自分の人生を生きられると知ること。

それは、喪失したまま二度と手に入れられないものがあるのを知ることと 同じでした。



時間というのは、どうあがいても取り戻せないものです。
その時間の中でしか経験できないものも一緒に置いていってしまったまま、 私は長い間心を閉ざしていました。
そんな状態で、内面が成長できるはずも無く。

ずっとぼんやりと、どうしてこんなに生き辛いんだろう?と感じていました。
親の言うことが絶対なんだと鵜呑みにして、自分というものが完成しないまま 生きていくのがどんなに恐ろしいことか。

離人症の症状で、「自分と世界の間に薄い膜があるように感じる」というものが ありますが、私の場合、その境界は「自分の内面と肉体」の間に存在していました。
自分の体が、自分のもののように感じられないんです。
「あぁ、ここに私の指先があるんだな」と思えるようになったのは、カウンセリングを 始めて3年目に入る頃でした。
そしてやっと、失った時間を受け入れる準備が整ったのです。



現在は、アダルトチルドレンや境界性人格障害という言葉は以前より知られるようになり、書店に 行くと、心理学のコーナーに沢山の本が並んでいます。
どういう障害ならどんな症状が出るのか、一冊の解説書を読めば大体の情報は手に入るでしょう。
でもそれだけで、精神障害を持った生身の人間を理解することは出来るのでしょうか?

私自身、心理学はまだ学び始めたばかりであり、自分の中にある偏見や先入観と 日々向かい合っています。
自分のことを理解してもらいたいと思っても、強引な方法でむしろ相手を傷つけてしまったこともあります。 本当に後悔してもしきれないことです。

心を病むということにパターンなんてものはないんだってこと、心を病むのは全然特別な ことではないんだということを一人でも理解してもらえたら、自分の体験を晒しあげる意味も ちょっとはあるのかもしれません。
意味がないと生きていけない人生ってすごく不毛な気がしなくも無いですけど。
私にはそのぐらいがちょうどいいのです。多分。


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